「退去時はスケルトン戻しです」と言われても、契約書に書かれているのは数行だけ。どこまで壊すのかは、そこから読み取るしかありません。

20坪の店をすべて撤去すれば、工事費は数十万円ではおさまりません。保証金から差し引かれ、足りなければ追加で払います。しかも、この支出に売上という戻りはありません。

店舗の原状回復は、住宅とは違います。国のガイドラインの対象外で、範囲を決めているのは契約書の条項だけです。

この記事でわかること

  • 店舗が国のガイドラインの対象外である理由と、そのぶん契約書が決定的になる仕組み
  • 「スケルトン戻し」「入居時の状態に復旧」で工事量がどう変わるかと、確認のしかた
  • 原状回復費が坪単価では読めない理由と、見積書を数量×単価に分解する手順
  • 契約前・入居中・退去時のそれぞれで打てる7つの対策
  • 飲食店・美容室・物販で金額が膨らみやすい項目と、入居工事の段階での判断
  • 造作譲渡(居抜きでの引き継ぎ)で工事そのものを減らせる条件
間仕切りを軽量鉄骨下地で作ると撤去費が増えるが、可動パーテーションなら移設できる。造作ベンチより置き家具、モルタル打ち直しより既存下地への重ね張り、埋め込み器具よりダクトレール、外壁に穴を開ける大型サインより既存枠の利用。
原状回復の費用は、入居工事の段階で決まっています|退去を決めてから下げられる幅は限られます。「外す前提」の作り方を選んでおくと、そのまま差になります。置き家具やダクトレールの器具は、移設して次の店でも使えます。

費用が決まる仕組み

見積は項目ごとに積み上がります。解体、搬出、処分、そして復旧。処分費は、出る量と種類で決まります。

項目ごとの確認点を表にしました。「一式」の行があれば、そこを開いてもらってください。

原状回復の見積項目と確認すること
項目 何をする費用か 見積書で確認すること
仮設・養生 共用部の床や壁を傷つけないための保護、仮囲い、搬出経路の確保 ビルの規則で必要な範囲を管理会社に確認する。エレベーター養生の有無で金額が変わる
内装解体 間仕切り壁、造作カウンター、造作家具、天井下地などの撤去 撤去する範囲が図面で示されているか。残してよいものが含まれていないか
床の撤去・復旧 仕上げ材の剥がし、下地モルタル、厨房の防水層の処理 下地まで撤去するのか、仕上げ材だけかで数量が変わる。契約上どちらかを確認する
電気設備 配線・分電盤・照明器具・コンセントの撤去、幹線の切り離し どこで切るか(分電盤まで/幹線まで)。引き渡し時から付いていた盤を撤去していないか
給排水・ガス 給排水管の撤去と閉栓、ガス管の撤去と閉止、器具の取り外し 閉栓の立ち会いが必要な場合の日程。撤去範囲が引き込み位置までかどうか
空調・換気 エアコン・ダクト・フード・排気ファンの撤去、開口部のふさぎ ダクトを外壁のどこで切るか。開口の復旧(穴埋め)が含まれているか
看板・外装 袖看板、ファサードサイン、シート類の撤去と、取付跡の補修 屋外広告物の許可を受けている看板は、撤去後の届出が必要か自治体に確認する
廃棄物処分 解体した内装材、什器、厨房機器の運搬と処分 数量の単位(トン、立方メートル、台数)と、処分先の記載。マニフェストの控えを受け取れるか
諸経費・現場管理費 現場管理、書類作成、届出、駐車場代など 工事費に対する比率で入っていることが多い。何が含まれるかを一覧でもらう

契約書で読む3つの条項

原状回復、造作の所有、そして指定業者。指定業者の定めがあると、相見積が取れません。金額はそこでほぼ決まります。

原状回復に関係する3つの条項
条項 よくある書かれ方 確認すること
1. 原状回復の範囲 「本物件をスケルトン状態にして返還する」「入居時の原状に復して明け渡す」「通常損耗を含め借主の負担とする」 「スケルトン」「原状」が具体的にどの状態かを図面で確認する。口頭ではなく書面かメールで回答をもらう
2. 施工者の指定 「工事は貸主の指定する業者が行う」「貸主の承諾を得た業者が行う」 指定があれば相見積もりは取れない。承諾制なら、自分で選んだ会社を申請できるか管理会社に聞く
3. 明け渡しの時期 「契約終了日までに原状回復を完了し明け渡す」「解約は6か月前に予告する」 工事完了が契約終了日より前か後かを確認する。前なら、工期の分だけ営業を早く終える必要がある

対策1〜3|契約前・入居中にできること

いちばん効くのは契約前です。「原状回復」の一文を、どの状態に戻すのかまで書いてもらう。確認しないままだと起きることを表にしました。

入居中にもできることがあります。作り方によって、退去時の解体量が変わります。床を上げるか、既存の上に張るか。ここで差が出ます。

契約前に確認する文言と、確認しないままだと起きること
契約書の文言 確認しないと起きること 契約前にすること
スケルトン返し 前の借主が残した造作の撤去費まで負担することになる 引き継ぐ造作の一覧を作り、退去時にどこまで撤去するかを図面上で確認する
入居時の原状に復す 「入居時の状態」の記録がなく、貸主の言い分で範囲が決まる 引き渡し時の写真と図面を受け取り、双方で同じものを保管する
通常損耗も借主負担 使用による傷みの補修費まで請求される可能性がある 対象になる部位と範囲を具体的に書いてもらう。書けないなら削除を交渉する
作り方の違いと、退去時に生じる差
部位 撤去費が増える作り方 検討したい代わりの方法
間仕切り 軽量鉄骨下地にボードを張り、塗装で仕上げる 可動パーテーション、家具による区画。移設して次の店でも使える
客席・カウンター 床と壁に固定した造作ベンチとカウンター 置き家具と既製カウンター。撤去は搬出のみで済む
床 下地から作り替え、モルタルを打ち直す 既存下地の上に仕上げ材を重ねる。原状に戻しやすい
照明・配線 天井内に配線を通し、埋め込み器具を多用する ダクトレールで器具を吊る。器具は持ち出せる
外装・看板 外壁に穴を開けて固定する大型サイン 既存の看板枠を使う、または取付点を減らす。跡の補修が小さくなる

対策4〜7|退去が決まってからできること

見積書は3つの視点で確認します。範囲、数量、そして処分費の単価。

着工前に現況を撮影してください。解体前の全体と、指摘を受けている箇所。あとで範囲の話になったときの唯一の証拠になります。

見積書で確認する3つの視点
視点 何を見るか 具体的な確認方法
数量 面積・長さ・台数が実際と合っているか 図面の寸法から自分で概算し、桁が合うかを見る。合わなければ算出根拠を聞く
範囲 契約で求められていない工事が入っていないか 引き渡し時から付いていた設備の撤去、共用部の改修が含まれていないか照合する
前提 解体後に増える可能性のある費用の扱い 「解体してみないと分からない箇所」を先に列挙してもらい、増減の精算方法を決めておく
着工から明け渡しまでの手順
  1. 契約終了日を確定する。解約予告期間(6か月前などの定め)を契約書で確認する
  2. 工事日程を押さえる。ビルの工事可能な曜日・時間帯を管理会社に確認する
  3. 工事の着手日を決める。明け渡し日から工期を引き、検査と手直しの予備日を数日足す
  4. 営業最終日を決める。着手日の前日、または什器の搬出に必要な日数を引いた日
  5. ライフラインの停止日を決める。電気・ガス・水道・通信の解約は工事完了後に合わせる

業種別に、金額が膨らみやすい項目

飲食は厨房の設備と床の防水、美容は給排水とシャンプー台、物販は造作什器の量。自分の業種で重い項目から見積を確かめてください。

業種別・金額が膨らみやすい項目と確認すること
業種 膨らみやすい項目 退去前に確認すること
飲食店 厨房の防水層、グリストラップ、排気ダクトとフード、給排水の切り離し、床の下地 ダクトを外壁のどの位置で切るか、開口をどう復旧するかを管理会社に図面で確認する
美容室 シャンプー台の給排水、床下配管、給湯器、鏡・セット面の造作、床の防水 配管を床下に埋設した位置と経路を工事図面で押さえ、撤去範囲がどこまでかを確認する
物販・サービス 造作什器と壁面什器、天井の埋め込み照明、外装サイン、床の仕上げ材 置き什器と造作什器を仕分け、持ち出せるものと撤去が必要なものを一覧にする
契約終了日から逆算した工程表の作り方
  1. 着工前に現況を撮影する。解体前の全体と、指摘を受けている箇所を撮っておく。工事後に「元からあった傷」を説明する材料になります
  2. 解体後の状態を貸主・管理会社と一緒に確認する。下地が現れた時点で、どこまで復旧するかを合意する。ここが追加費用の分岐点です
  3. 追加が生じたら、着手前に書面で金額を確認する。「あとで精算」にせず、単価と数量を提示してもらってから進めます
  4. 完了検査に立ち会う。貸主または管理会社の検査に同席し、指摘があればその場で内容と対応方法を確認します
  5. 精算書と保証金の返還時期を書面で受け取る。差し引かれた項目の明細と、返還日を確認します

あわせて読みたい

よくある質問

退去の相談で繰り返し聞かれる4つの質問をまとめました。 いずれも、金額そのものより判断の前提にかかわる内容です。 ガイドラインは使えるのか、スケルトンとはどこまでか、交渉はできるのか、 そして工事をしないで済む方法はあるのか。

どれも、答えを知らないまま管理会社と話すと、相手の説明をそのまま受け入れることになりがちな論点です。 この4つに答えられる状態であれば、話し合いは具体的に進みます。

店舗にも国土交通省の原状回復ガイドラインは適用されますか?

適用されません。 国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、 同省の説明ページに明記されているとおり、賃料が市場家賃程度の民間賃貸住宅を想定したものです。 店舗やオフィスなどの事業用物件は想定の対象外で、範囲を決めるのは賃貸借契約書の原状回復条項になります。

したがって、住宅で語られる「経年変化や通常損耗は貸主負担」という説明を、そのまま店舗に当てはめることはできません。 契約書に何と書かれているかを先に確認してください。

スケルトン戻しとは、どこまで壊すことですか?

一般には、内装・造作・設備を撤去し、 建物の躯体と、引き渡し時に備わっていた共用設備だけが残る状態に戻すことを指します。 ただし、どこまでを躯体と見るか、床の下地やダクト、分電盤、給排水の配管をどこで切るかは物件ごとに違います。

同じ「スケルトン戻し」でも工事量は変わるため、 契約書の文言だけで判断せず、貸主または管理会社に図面上でどこまで撤去するのかを確認してください。

見積もりが高いと感じたとき、交渉できますか?

交渉できる部分と、できない部分があります。 まず契約でビル指定の業者に限定されている場合、相見積もりは取れません。 この場合にできるのは、数量と単価の根拠を確認し、 契約上の原状回復範囲を超えた項目が入っていないかを一つずつ点検することです。

指定がなければ複数社から見積もりを取り、同じ範囲・同じ数量で比較できます。 いずれの場合も、総額ではなく数量と単価に分解して確認するのが出発点です。

居抜きで次の借主に引き継げば、原状回復はしなくてよいのですか?

貸主の承諾があり、次の借主が造作を引き継ぐ形で契約が成立すれば、 原状回復工事をせずに退去できる場合があります。 ただしこれは貸主が認めた場合に限られ、契約書で造作譲渡を禁じている物件もあります。

また、次の借主が見つからなければ従来どおり原状回復が必要になるため、 工事の見積もりと工程は並行して準備しておく必要があります。 譲渡できる範囲と、残置する設備の故障時の責任をどちらが負うかも、書面で決めておいてください。

まとめ|店舗の原状回復で確認すること

店舗の原状回復は、契約書がすべてです。住宅のガイドラインは使えません。

退去が決まったら、まず契約書の3条項を読み、解体前の写真を撮ってください。この2つだけで、揉める余地はかなり減ります。

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